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稲葉氏は必ず宿泊した上での撮影にこだわっている。一宿泊者の視点でとらえた、ゲストの目で見て、肌で感じた情景を写し取りたいという。
「ホテルの写真というと、レストランではボーイさんがわざとらしくシャンパンをついでいたり、客室にしても照明や生花であり得ないほど華やかに演出されたイメージがありますよね。でもそれは、つくられた絵なわけです。僕は、そこに泊まった一人のゲストとして感じたもの、見たものをそのまま伝えたい。自分が体験して感動した、そのホテルならではの心地良さとか、にぎわいとかが伝わるような一枚を撮れたら、と思っています」
名建築ならではの細かな設えを愉しみ、写真に残すには、望遠レンズが必需品となるという。 「シャンデリアも、望遠で撮ると、ガラスの質感まで写し取ることができる。天井の装飾や壁のレリーフにしても、望遠で覗くとまさに自分の手で触れているような、手触り感のある写真が撮れる。建築家は図面を描きながら、各建築素材の質感まで選んでいるわけです。望遠を使うことで、建築家の意図した、知られざる新たな建築の表情を見ることができます」
ひとつひとつのディテールの積み重ねは、その空間や建物全体の豊かさをも大きく左右する。しかし、歳月とともに建物の維持は困難になる。 「建設当時は量産品だったカーペットが、築後数十年を経て、今はもう生産されていなかったりする。建築の価値、建築家の意図を理解している人であれば、傷んだカーペットを張り替えるのに、オリジナルと同じ物を特注するでしょうね。効率優先で考えれば、カーペットに過大な資金をつぎ込むことなどありえない。けれども、細かな一点の妥協が、建物の元もとの価値を損なってしまうんです。昔ながらの意匠を遺すからこそ、その建物は長い間愛されているし、その価値は年を追うごとに増していきます」